大光炉材60年史
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83通史 第2部 第12章・さらなる飛躍に向かって(2007~2013) 3月11日、日本にとって前例のない大震災、国の運命の分岐点ともなる事態が起こりました。原子力という最新鋭の科学設備が津波によって大被害を受け、対応に追われている様子がニュース等で扱われていますが、全てを戻すにはどうも1週間や2週間ではなく年単位でのことのようです。…〈中略〉…今回のことで損失が約25兆円、これは一瞬で失うにはあまりに大きく、天文学的な数字だと思います。そしてそれは序の口で、今からまだまだインフラ整備やら、個人の住宅整備やら、もっとお金がいるだろうと言われています。業種によっては産業基盤が東北の方にあり、特に精密機器の一部分が集中していましたので自動車及び化学薬品がかなり国内的に逼迫しています。自動車が減産を余儀なくされ、原子力による放射能で野菜やら魚介類やら色々なものが汚染される。経済の面でも環境の面でも今後、様々な問題が大きく取り立たされていくのではないかと現在進行形で目が離せません。 こうした大きな変化に対して、我々はこの23年度を企業としてどう考えるか。計画は立ったものの紆余曲折となることが大まかながらに予測されます。計画を変更し、あるいは起きている現象をしっかり見据えながら、状況に合った企業経営を行うことはやぶさかではないと思います。また、全員で力を合わせ、勇気を、連帯感を、しっかり企業全体で持っていれば乗り越えられないことはないでしょうし、怖いものは無いと思います。この先どうなるか、現在の日本を私自身、誰であっても予測不可能、どうなるとはいえませんが、心構えをして力を合わせましょうとお願いする次第です。 社内報「TAIKO」441号[平成23年(2011)4月30日発行]より この社長の言葉どおり、東日本大震災後の経済の混乱や歴史的な円高も全員で力を合わせて前向きに乗り越えることができた。4.小林滉社長が「経営者賞」を受賞 平成24年(2012)4月、小林滉社長にとって思わぬニュースが飛び込んできた。公益財団法人経営者顕彰財団の「第39回(平成23年度)経営者賞」の受賞の知らせが届いたのである。「経営者賞」は九州・山口地域における中小企業の経営・技術に優れた業績をおさめ、地域経済の発展に貢献のあった経営者を表彰するもので、昭和48年(1973)から始まった。受賞者には上場企業に成長した企業の経営者も多く、地元企業の栄誉ある賞として知られている。小林滉社長の受賞理由には、昭和56年(1981)に34歳で大光炉材の2代目社長に就任して以降、欧米や台湾などのアジア諸国にも積極的に技術を輸出したこと、ファインセラミックス分野に進出し、大学や公共機関と連携して独自の商品開発を進めてきたこと、研究開発に力を入れ、国内21 件、国外6 件の特許を小林会長が「経営者賞」を受賞(受賞時は社長)大分工場創業40周年を祝う(H23.9.17)君津工場創業42周年を祝う(H23.8.26)

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