大光炉材60年史
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76 1.ゴーン・ショックの荒波が襲う 平成13年(2001)は、21世紀のスタートの年であり、千年に1度というミレニアム(千年紀)でもあった。2000年代の前半、日本経済は世界経済の成長による輸出に支えられ、緩やかな景気拡大局面が続くことになるが、鉄鋼業界は「ゴーン・ショック」による荒波のなかで、ミレニアムを迎えた。 平成11年(1999)10月、日産自動車のカルロス・ゴーン最高執行責任者(当時)は、再建計画「日産リバイバル・プラン」の中で、鋼材などの調達先を絞り込むとともに入札制に切り替えた。これがいわゆる「ゴーン・ショック」であった。それ以前から日本の鉄鋼メーカーは国際競争力を高めるために合理化策を進めてきたが、「ゴーン・ショック」以降はさらに激しい価格競争が始まり、日本の鋼材価格は国際価格をはるかに下回る水準となり、各社とも業績が悪化した。また、世界の鉄鋼業界では、国際競争力を強化するために統合による業界再編が進展しており、日本の鉄鋼業界も再編の機運が高まっていた。 鉄鋼メーカーの経営悪化と再編の機運は、当然ながら耐火物業界にも波及した。特に、鉄鋼メーカーと系列関係にない大光炉材は、その荒波を自力で乗り越えていかなければならなかった。平成13年(2001)の年頭挨拶で、小林滉社長は次のように述べている。 年頭より、株が極端に安くて、企業環境が我々の期待と相反する方向に行っているようであります。銀行もまだまだ不良債権が山積みといった状況で、本当に明るさの見えない、どこに行ったらいいのかという、手探りの状況が現在も続いています。幸いかな当社は去年から出荷量が増えて、企業活動をなんとか維持出来ています。それに新素材開発部の方も一生懸命頑張ってくれていて、売り上げと利益とを確保してくれています。そう言った意味で今年度はなんとか乗り越えられそうです。しかし、来年度を考えれば考えるほど暗くなると言いましょうか…。暗くなると言う言い方は良くないですが、どう考えればいいのかちょっと掴めないと言うのが実状であります。これはなんとしてでも計画を持って来る年度を乗り越えていこうという努力はいたしますが、これには皆さまの心構えと言うものが必要になるのではないかと思います。もちろん経営・その他、皆さまと一緒にやって行かないといけない問題もあると思います。 企業というものは、何と言っても第一歩は利益だと思います。ここでこうして一同会して共通の目的を持てるというのは、利益を出苦境の中からの新たなスタート(2001~2006)第11章

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