大光炉材60年史
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42 和48年(1973)だった。 GUNROCKは、骨材の粒度調整とバインダーの厳選使用によって常温で優れた物理的接着が可能で、転炉・混銑炉・混銑車・電気炉・出銑樋など、不安定な条件下においても確実な吹き付け施工が可能であった。当時の当社製品のラインアップは下掲のとおり。<大光炉材 製品ラインアップ>①出銑樋材 出銑用樋材・溶銑樋用樋材・溶滓樋用樋材・特殊樋用樋材②コーティング材 塩基性コーティング材・高アルミナ質コーティング材③キャスタブル耐火物 耐火キャスタブル・断熱キャスタブル・燐酸塩キャスタブル④ラミング耐火材 耐火プラスチック・スタンプ材⑤吹付耐火材 耐火吹付材・断熱吹付材・耐酸吹付材・樋用吹付材⑥パッチング耐火材⑦特殊モルタル クッションモルタル・非水性モルタル・耐火モルタル・断熱モル タル4.創立20周年を迎える 昭和49年(1974)4月13日、創立20周年の記念式典がとり行われた。また翌5月の社内報『たいろ』では、創立20周年記念行事の一環として本社および戸畑工場、ならびに本社社宅の建設計画が発表され、社員の士気を大いに鼓舞したのであった。 さらに49年度最後の役員会議において、小林社長は“創業者経営からの脱皮”をみずから宣言し、全役員幹部の決意を促した。すでに経営陣として、昭和生まれの大坪秀人、谷口泰造が十分な経験を積んでおり、また前年の昭和48年(1973)4月には、現会長 小林滉が取締役営業部長に就任していた。 なお50年度の組織改編により、大坪は経営企画研究所長に、谷口は開発研究本部長に、小林は営業本部長に就任した。ちなみに、この50年度における当社の市場占有率は30%を超え、専門メーカーとして不動の地位を築いたことを証明したのだった。5.新研究所の開設 業界に不動の地位を築いたとはいえ、その地位を維持するには将来を見通した研究開発体制が、今まで以上に重要となる。また時代の趨勢から、脱公害や省資源への対策にも十分な対応が必要となった。創立20周年記念式典で挨拶する小林社長取締役経営企画研究所長(当時)大坪秀人取締役開発研究本部長(当時)谷口泰造

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